日本人とはなにか

松阪+

日本とはなにか、日本人とは何だろうか。

グローバル化がすすむ時代、ちょうど、私はNGO職員として、世界各地の現場を目の当たりにしすればするほど、一方で、常に頭をよぎっていたのが、この根源的な問いでした。

排外的なナショナリズムに走るのではなく、長い歴史のなかで日本に育まれてきた伝統や文化のもつ多様性の価値を世界に開いていく。自分自身も根っこを据えて、そこから、もっと世界に貢献できることがあるのではないか、日本の良さや存在をもっと伝えていけるのではないか、グローバルな人材を日本で育てていけるのではないか、等々、思ってきました。

この日は、松阪で初めて、この1年半に私が学んできた小林秀雄の研究会「池田塾」のメンバーとともに、松阪の皆さんを交えたトークイベントを開催。塾事務局長の茂木健一郎さん(脳学者)や、塾頭の池田雅延さん(新潮社)に加えて、松阪にある本居宣長記念館の館長である吉田悦之さんに登壇いただき、私は、会場ディレクター、なんていうとカッコいいですが、進行から会場設営まで何でも雑用係りの裏方を担当。

松阪3+
15歳の宣長が描いた「空想都市」の重要文化財を特別閲覧。

 「やまと魂」。
この言葉を初めて使ったとされるのは、じつは、紫式部です。

『源氏物語』のなかで生活的な知恵のことをさす言葉として使われているのをご存じでしたでしょうか。雄々しい武士道でもなければ、学問でもない。「やまと心」も平安期の女性の言葉であることに驚きました。どちらかというと、はかなく、優しい、賢く、哀しい。これも、小林秀雄の作品『本居宣長』を読みすすめるなかで知りました。

昨年夏から、一日一首をめざして、和歌を詠むことに挑戦しているのですが、これまで見えなかった日々の季節の移ろいや生活の細やかなものが、少しずつ見えてくる気がします。

「歴史というのは上手に『思い出す』ことなのです」。
古いものを、思い出して、その心をよみがえらせる。いま、「歴史」が大きなテーマでもあるなか、先に夥しい犠牲をだした大戦の歴史も含めて、秀雄の言葉にとても共感します。

「いかに生きるか」を追求した小林秀雄。
「いかに死ぬか」を最期まで追求した本居宣長。

今こそ、私たちにとって大切なメッセージですね。

松阪伊勢2
お誕生日の茂木さん。おめでとう!